ホンダS800リジッドタイプの基本スペックや人気の特徴まとめ

メッキ加工が可能!

ホンダS800リジッドタイプの基本スペックや人気の特徴まとめ

ホンダS800は、ホンダ・S500、ホンダ・S600に続く、Sシリーズの第3弾として1966年1月から1970年5月の間に生産された2ドアのオープン及びクーペの小型スポーツカーです。「エスハチ」の愛称で親しまれました。トヨタのトヨタスポーツ800通称「ヨタハチ」とは好敵手として並び称され、1960年代の日本製小型スポーツカーの秀作として高い評価を得ている車です。

ホンダS800までのホンダSシリーズ

ホンダSシリーズは、1962年の10月、第9回全日本自動車ショーでS360/スポーツ500としてデビューしました。排気量は僅か356cc/531ccでありながら、高度で独創的なメカが満載されていました。レーシングカーを彷彿させるそのエンジンは水冷並列4気筒2バルブDOHCで、各気筒に1個(4連)のCV型キャブレターを装備しており、クランクは一般的な一体式ではなく組み立て式(クランク支持にニードルローラーベアリングを使用しているため)というオートバイのグランプリマシン並みのメカニズムが採用されていました。サスペンションは、フロントがトーションバー型スプリングを使ったダブルウィッシュボーン、リアはコイルスプリングを使ったトレーリングアームの前後独立懸架。面白いのは後輪駆動(デフから後輪への動力伝達)にチェーンを使っている点で、チェーンケースがトレーリングアームを兼ねていました。車体構造はラダーフレームにボディを載せるというもので、当時主流になり始めていたモノコック構造(ボディとフレームが一体)は採用せず、手堅い設計であったといえるでしょう。S500は'63年10月に発売されましたが、同年7月のスポーツ500の新聞広告“価格当てクイズ”があり、全国から573万通余りの応募があったそうです。そしてその当選発表時の広告に掲載された価格は、おおかたの予想をはるかに下廻る459,000円というものでした。この予想外の低価格('60年発売の2輪車CB72が18万7000円)もあって、幅広い人気を集めることになったS500ですが発展型のS600にすぐ代替わりしたため、非常に希少なモデルです。
1964年3月、その発展型のホンダスポーツS600が発売されました。この年の5月 に鈴鹿サーキットで開催された第2回日本グランプリのGT-1レースで優勝したS600は、その性能でさらに人気を集め、当時の若者のあこがれのクルマになりました。同じ1964年の9月、S600はドイツのニュルブルクリンク500km耐久レースに初出場し、並みいるヨーロッパの強豪車を破って1000ccクラスで優勝、ホンダスポーツの評判は 自動車先進国にも広まりました。2輪車ばかりではなく、4輪車でも世界のホンダとなったレースと言えます。

ホンダS800の登場

★S800の基本スペック
★日本モータースポーツの黎明期を底辺から支えた二つの800
1966年1月、Sシリーズは「ホンダS800」へと進化しました。S800は路上だけでなく、モータースポーツの世界でも数々のレースで大活躍を続けました。
‥S800のエンジン
ボンネットを開けるとAS280E型を起源とする、見るからに高性能なAS800E型水冷並列4気筒エンジンが鎮座しています。排気量791cc、8,000rpm で70PSを発揮するこのエンジンは1万rpmまでを許容としていました。組み立て式クランクシャフトと、それを支持するニードルローラーベアリング。そしてインテークには京浜製の4連CVキャブレターを、エキゾーストにはバイクのように美しい曲線の4‐4‐2式マフラーなど量産小型スポーツカーで、これほど凝りに凝ったエンジンを搭載するクルマは、当時どこにもありませんでした。

S800のスタイリングと足回り

インテリアとエクステリアもS800の魅力のひとつです。小柄ながら、そのコックピットはどんなドライバーにもフィットするセミバケットシート、スポーティーな3本スポークのステアリングホイール、その奥にはタコメーターとスピードメーター等、黒基調のコックピットはスポーツフィーリングに満ちあふれたものとなっています。またエクステリアではS600時代と同じくS800もオープンとクーペが用意されていました。S800はボンネットのパワーバルジが特徴で、搭載されるミッションは4速フルシンクロでした。
フロントサスペンションは、ダブルウイッシュボーンにトーションバー・スプリング。 リアサスペンションは、S500からS800の初期まではチェーンドライブ機構のケースに トレーリングアームを兼ねさせる本田独自のユニークなものでした。1966年4月に、独自のチェーン駆動から、一般的なコイルスプリングと4リンク+パナールロッドのリジッドアクスルの組み合わせとなる一般的なシャフトドライブに変更されました。1968年5月には海外仕様(AES800C)を基本に国内向け(AS800C)に手直ししたS800Mが発売され、フロントディスクブレーキや13インチラジアルタイヤ、オートチューニングラジオ、ヒーター、サブマフラー、さらにフロントフェンダー、リヤクオーターにはサイドマーカーが装備され、国内向けはオープンのみでクーペは廃止されました。

モータースポーツでのS800

当時、ホンダスポーツでスポーツカーのハンドリングを知った方も多くいたようです。アクセルワークにリニアに反応し、 際限ないかのようにいっきに吹き上がるエンジンと小気味よく決まるギアシフトなど、キビキビ感そのものと言えるドライブフィールは世界の小型スポーツカーと比べても遜色がありませんでした。モータースポーツでのデビュー戦は1966年3月、全日本スポーツカー選手権(船橋サーキット)でした。まだ公認が取れず賞典外での参加でしたが、ロータス・エランやジャガーXKE、ポルシェ911などに混じって総合10位での完走で、翌4月の鈴鹿300kmレースでは並み居る格上クラスの日産フェアレディやシルビアを相手に総合3位(クラス優勝)となる表彰台を獲得しました。1967年シリーズでは1月と3月に行なわれた船橋サーキットでの2レースでクラス上位を独占。スプリントレースでエスハチが示すスピードの優位性は歴然としたもので、5月の第4回日本グランプリにおいては、GT-Ⅰクラスの車両は全てS800となるほどでした。S800はGT-Ⅱクラスを寡占化していたフェアレディ2000とともに、その後数年のGTカークラスを牽引していきました。しかし、S800のライバルと言えばトヨタスポーツ800となるでしょう。どちらも小型のライトウェイトスポーツカーとして、今なお高人気を誇っています。この2台は好対照な構造で、水冷直列4気筒DOHC vs空冷水平対向OHV2気筒というエンジンメカニズムにはじまる素地の大きな違いが逆に両車のライバル関係を明確なものにしていると言えます。どちらも日本モータースポーツの黎明期を支えた名車であり、エンジンキーをオフにした瞬間、「あ~」という心地良い疲れを与えてくれる純然たるスポーツカーです。

リジッドアクスルのS800

★チェーンドライブはなぜ廃止された?
★リジッドアクスルS800の諸元
S500からS800の初期まではチェーンドライブ機構のケースに トレーリングアームを兼ねさせる本田独自のチェーンドライブであることは説明させて頂きました。このチェーンドライブ機構はスタート時にテールがピョント持ち上がったり、挙動にくせのある駆動方式でした。この挙動が魅力と言われる方も多く、S800の駆動方式については好みの分かれるところです。

チェーンドライブからリジッドアクスルへ

チェーンで左右輪それぞれを駆動する機構自体は第一次大戦前後では常識的な駆動方式で、それほど奇異な設計ではありません。しかし、チェーンケースがトレーリングリンク一体となっている点と、左右輪が連結していない完全独立懸架だという点がホンダの新機軸でした。この構造はトランク容積を広げるため、当時の社長・本田宗一郎氏の鶴の一声により採用されたといわれていますが、独立懸架が「商品性」という部分で優先されたとも言われています。今では魅力的と言われるチェーン駆動ですが、十分に機能していたとは言い難い挙動に加え、チェーンの伸びやテンショナーの破損等のトラブルが多く、国内のみならず海外でのメンテナンス性等、結果的に通常のデフによるリジットタイプに変更されました。言い換えればメンテナンス性と素直な挙動がリジッドアクスルS800の魅力ということになります。

S800の諸元

排気量791ccのエンジンはボア×ストローク 60×70mmというショートストロークで圧縮比 9.2:1から最高出力 70ps/8000rpm、最大トルク 6.7kg-m/6000rpmをはっせいしました。
ボディサイズは、全長 3335mm、全幅 1400mm、全高 1195mmで、トヨタスポーツ800に比べ重いと言われる車重ですが、現代のレベルでは超軽量と言っても過言ではない735㎏です。これはS660よりも100㎏以上軽量であり、サイズ車重共にS660より小さいというのは意外なところです。
パワー、回転域、軽さ、旧車の中でも指折りの走らせて面白い車の一つがS800なのです。

旧車パーツのリクロームメッキ出来ます】

NAKARAIメッキで加工した旧車パーツ参考事例を掲載させていただきます。

ケンメリバンパー

ケンメリバンパー再メッキ前
再メッキ前
ケンメリバンパー再メッキ後
再メッキ後

ダットサン フェアレディ(SR311型)リヤバンパー

メッキ前バンパー メッキ剥離後バンパー
再メッキ前 メッキ剥離後
板金修理後バンパー

メッキ後バンパー

板金修理後 再メッキ後
再メッキ後バンパー全体画像
再メッキ後バンパー

ナカライメッキに問い合わせ

旧車パーツのメッキ手入れ

クロムメッキパーツの多い旧車パーツの手入れにおすすめケミカル「メッキング&サビトリキング」についてご紹介させて頂きます。

クロムメッキには最大の弱点が!?

 

クロームメッキにあいている目にみえない無数の穴

クロームメッキが錆びる原因【構造

点サビ画像

クロムメッキには目にみえない無数のミクロン単位の穴があいており、そこから水や埃がはいり、クロムメッキが錆びるよりも前に、下地のメッキが錆びてきてしまいます。

ウオータースポットの発生→点錆び→メッキがめくれるくらいの錆びになってしまいます。

錆びてきていない初期の段階で、この穴を埋める事を強くお勧めいたします。

穴を埋める事で、クロムメッキの穴を埋める事で耐食性が上がます。

クロームメッキが錆びる原因【構造

メッキングの効果

クロムメッキ保護剤「メッキング

メッキ手入れバンパー

メッキング画像

クロムメッキ錆落とし剤「サビトリキング

サビトリキングはメッキに優しく、サビには厳しい錆取り剤

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メッキ加工の事ならNAKARAI

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再メッキも、もちろん対応しております。メッキ工房NAKARAI

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メッキング&サビトリキングを購入する

メッキの手入れは、メッキング&サビトリキングがおすすめです。

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クロムメッキの事についてもっと知りたい方は

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詳しくはこちら:クロムメッキの全てが解る

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ホンダS800リジッドタイプの基本スペックや人気の特徴まとめ

ホンダS800リジッドタイプの基本スペックや人気の特徴まとめ

ホンダS800は、ホンダ・S500、ホンダ・S600に続く、Sシリーズの第3弾として1966年1月から1970年5月の間に生産された2ドアのオープン及びクーペの小型スポーツカーです。「エスハチ」の愛称で親しまれました。トヨタのトヨタスポーツ800通称「ヨタハチ」とは好敵手として並び称され、1960年代の日本製小型スポーツカーの秀作として高い評価を得ている車です。

ホンダS800までのホンダSシリーズ

ホンダSシリーズは、1962年の10月、第9回全日本自動車ショーでS360/スポーツ500としてデビューしました。排気量は僅か356cc/531ccでありながら、高度で独創的なメカが満載されていました。レーシングカーを彷彿させるそのエンジンは水冷並列4気筒2バルブDOHCで、各気筒に1個(4連)のCV型キャブレターを装備しており、クランクは一般的な一体式ではなく組み立て式(クランク支持にニードルローラーベアリングを使用しているため)というオートバイのグランプリマシン並みのメカニズムが採用されていました。サスペンションは、フロントがトーションバー型スプリングを使ったダブルウィッシュボーン、リアはコイルスプリングを使ったトレーリングアームの前後独立懸架。面白いのは後輪駆動(デフから後輪への動力伝達)にチェーンを使っている点で、チェーンケースがトレーリングアームを兼ねていました。車体構造はラダーフレームにボディを載せるというもので、当時主流になり始めていたモノコック構造(ボディとフレームが一体)は採用せず、手堅い設計であったといえるでしょう。S500は'63年10月に発売されましたが、同年7月のスポーツ500の新聞広告“価格当てクイズ”があり、全国から573万通余りの応募があったそうです。そしてその当選発表時の広告に掲載された価格は、おおかたの予想をはるかに下廻る459,000円というものでした。この予想外の低価格('60年発売の2輪車CB72が18万7000円)もあって、幅広い人気を集めることになったS500ですが発展型のS600にすぐ代替わりしたため、非常に希少なモデルです。
1964年3月、その発展型のホンダスポーツS600が発売されました。この年の5月 に鈴鹿サーキットで開催された第2回日本グランプリのGT-1レースで優勝したS600は、その性能でさらに人気を集め、当時の若者のあこがれのクルマになりました。同じ1964年の9月、S600はドイツのニュルブルクリンク500km耐久レースに初出場し、並みいるヨーロッパの強豪車を破って1000ccクラスで優勝、ホンダスポーツの評判は 自動車先進国にも広まりました。2輪車ばかりではなく、4輪車でも世界のホンダとなったレースと言えます。

ホンダS800の登場

★S800の基本スペック
★日本モータースポーツの黎明期を底辺から支えた二つの800
1966年1月、Sシリーズは「ホンダS800」へと進化しました。S800は路上だけでなく、モータースポーツの世界でも数々のレースで大活躍を続けました。
‥S800のエンジン
ボンネットを開けるとAS280E型を起源とする、見るからに高性能なAS800E型水冷並列4気筒エンジンが鎮座しています。排気量791cc、8,000rpm で70PSを発揮するこのエンジンは1万rpmまでを許容としていました。組み立て式クランクシャフトと、それを支持するニードルローラーベアリング。そしてインテークには京浜製の4連CVキャブレターを、エキゾーストにはバイクのように美しい曲線の4‐4‐2式マフラーなど量産小型スポーツカーで、これほど凝りに凝ったエンジンを搭載するクルマは、当時どこにもありませんでした。

S800のスタイリングと足回り

インテリアとエクステリアもS800の魅力のひとつです。小柄ながら、そのコックピットはどんなドライバーにもフィットするセミバケットシート、スポーティーな3本スポークのステアリングホイール、その奥にはタコメーターとスピードメーター等、黒基調のコックピットはスポーツフィーリングに満ちあふれたものとなっています。またエクステリアではS600時代と同じくS800もオープンとクーペが用意されていました。S800はボンネットのパワーバルジが特徴で、搭載されるミッションは4速フルシンクロでした。
フロントサスペンションは、ダブルウイッシュボーンにトーションバー・スプリング。 リアサスペンションは、S500からS800の初期まではチェーンドライブ機構のケースに トレーリングアームを兼ねさせる本田独自のユニークなものでした。1966年4月に、独自のチェーン駆動から、一般的なコイルスプリングと4リンク+パナールロッドのリジッドアクスルの組み合わせとなる一般的なシャフトドライブに変更されました。1968年5月には海外仕様(AES800C)を基本に国内向け(AS800C)に手直ししたS800Mが発売され、フロントディスクブレーキや13インチラジアルタイヤ、オートチューニングラジオ、ヒーター、サブマフラー、さらにフロントフェンダー、リヤクオーターにはサイドマーカーが装備され、国内向けはオープンのみでクーペは廃止されました。

モータースポーツでのS800

当時、ホンダスポーツでスポーツカーのハンドリングを知った方も多くいたようです。アクセルワークにリニアに反応し、 際限ないかのようにいっきに吹き上がるエンジンと小気味よく決まるギアシフトなど、キビキビ感そのものと言えるドライブフィールは世界の小型スポーツカーと比べても遜色がありませんでした。モータースポーツでのデビュー戦は1966年3月、全日本スポーツカー選手権(船橋サーキット)でした。まだ公認が取れず賞典外での参加でしたが、ロータス・エランやジャガーXKE、ポルシェ911などに混じって総合10位での完走で、翌4月の鈴鹿300kmレースでは並み居る格上クラスの日産フェアレディやシルビアを相手に総合3位(クラス優勝)となる表彰台を獲得しました。1967年シリーズでは1月と3月に行なわれた船橋サーキットでの2レースでクラス上位を独占。スプリントレースでエスハチが示すスピードの優位性は歴然としたもので、5月の第4回日本グランプリにおいては、GT-Ⅰクラスの車両は全てS800となるほどでした。S800はGT-Ⅱクラスを寡占化していたフェアレディ2000とともに、その後数年のGTカークラスを牽引していきました。しかし、S800のライバルと言えばトヨタスポーツ800となるでしょう。どちらも小型のライトウェイトスポーツカーとして、今なお高人気を誇っています。この2台は好対照な構造で、水冷直列4気筒DOHC vs空冷水平対向OHV2気筒というエンジンメカニズムにはじまる素地の大きな違いが逆に両車のライバル関係を明確なものにしていると言えます。どちらも日本モータースポーツの黎明期を支えた名車であり、エンジンキーをオフにした瞬間、「あ~」という心地良い疲れを与えてくれる純然たるスポーツカーです。

リジッドアクスルのS800

★チェーンドライブはなぜ廃止された?
★リジッドアクスルS800の諸元
S500からS800の初期まではチェーンドライブ機構のケースに トレーリングアームを兼ねさせる本田独自のチェーンドライブであることは説明させて頂きました。このチェーンドライブ機構はスタート時にテールがピョント持ち上がったり、挙動にくせのある駆動方式でした。この挙動が魅力と言われる方も多く、S800の駆動方式については好みの分かれるところです。

チェーンドライブからリジッドアクスルへ

チェーンで左右輪それぞれを駆動する機構自体は第一次大戦前後では常識的な駆動方式で、それほど奇異な設計ではありません。しかし、チェーンケースがトレーリングリンク一体となっている点と、左右輪が連結していない完全独立懸架だという点がホンダの新機軸でした。この構造はトランク容積を広げるため、当時の社長・本田宗一郎氏の鶴の一声により採用されたといわれていますが、独立懸架が「商品性」という部分で優先されたとも言われています。今では魅力的と言われるチェーン駆動ですが、十分に機能していたとは言い難い挙動に加え、チェーンの伸びやテンショナーの破損等のトラブルが多く、国内のみならず海外でのメンテナンス性等、結果的に通常のデフによるリジットタイプに変更されました。言い換えればメンテナンス性と素直な挙動がリジッドアクスルS800の魅力ということになります。

S800の諸元

排気量791ccのエンジンはボア×ストローク 60×70mmというショートストロークで圧縮比 9.2:1から最高出力 70ps/8000rpm、最大トルク 6.7kg-m/6000rpmをはっせいしました。
ボディサイズは、全長 3335mm、全幅 1400mm、全高 1195mmで、トヨタスポーツ800に比べ重いと言われる車重ですが、現代のレベルでは超軽量と言っても過言ではない735㎏です。これはS660よりも100㎏以上軽量であり、サイズ車重共にS660より小さいというのは意外なところです。
パワー、回転域、軽さ、旧車の中でも指折りの走らせて面白い車の一つがS800なのです。

旧車パーツのリクロームメッキ出来ます】

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ケンメリバンパー再メッキ前
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旧車パーツのメッキ手入れ

クロムメッキパーツの多い旧車パーツの手入れにおすすめケミカル「メッキング&サビトリキング」についてご紹介させて頂きます。

クロムメッキには最大の弱点が!?

 

クロームメッキにあいている目にみえない無数の穴

クロームメッキが錆びる原因【構造

点サビ画像

クロムメッキには目にみえない無数のミクロン単位の穴があいており、そこから水や埃がはいり、クロムメッキが錆びるよりも前に、下地のメッキが錆びてきてしまいます。

ウオータースポットの発生→点錆び→メッキがめくれるくらいの錆びになってしまいます。

錆びてきていない初期の段階で、この穴を埋める事を強くお勧めいたします。

穴を埋める事で、クロムメッキの穴を埋める事で耐食性が上がます。

クロームメッキが錆びる原因【構造

メッキングの効果

クロムメッキ保護剤「メッキング

メッキ手入れバンパー

メッキング画像

クロムメッキ錆落とし剤「サビトリキング

サビトリキングはメッキに優しく、サビには厳しい錆取り剤

サビトリキング画像

 

メッキ加工の事ならNAKARAI

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再メッキも、もちろん対応しております。メッキ工房NAKARAI

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メッキの手入れは、メッキング&サビトリキングがおすすめです。

メッキング&サビトリキング

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(POPデザインは バイク/車/トラック とありますが中身は一緒です)

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詳しくはこちら:クロムメッキの全てが解る

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